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彩(いろどり)を求めて。


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足りないので・・・

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by rin_pr | 2017-12-17 10:11 | 植物 | Comments(0)

鐘の聲


諸行無常だからこそ愛しいものがある。
執着や慾ではなく、ただ只管にイトオシイ。


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鐘の聲は漣のように広がり行く (鐘の下)

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by rin_pr | 2017-12-16 10:23 | 神社仏閣 | Comments(0)


新田義貞の鎌倉攻め(*)で戦死した人達を埋葬したと伝えられる塚。


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*
元弘3年5月18日から5月22日(1333年6月30日~7月4日)、元弘の乱とも言われるが名称は定まっていない。
由比ヶ浜は元々庶民の遺体放置の場所だったが、近年になって鎌倉簡易裁判所用地や地下駐車場を建設する際の調査で大量の人骨が発見された。(約5000体)
庶民の骨に混じって刀傷の付いた成年男子(平均24歳)の骨も多く、また獣に齧られた痕跡もあった。
経文が書かれた頭蓋骨もあったので、鎌倉攻めで放置された戦死者を集めて僧侶が弔ったと考えられている。

by rin_pr | 2017-12-15 10:26 | 神社仏閣 | Comments(0)

菩薩も全て苔むして


六地蔵も苔むして佇む谷戸


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by rin_pr | 2017-12-14 09:36 | 神社仏閣 | Comments(0)

moisture


雨が多かった。
古木にキノコが生えるようになると枯れて行くだけ、になるのだろうか。


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by rin_pr | 2017-12-13 10:44 | 植物 | Comments(2)

呪縛


人が亡くなった時に、どこへ埋葬するかは難しい物がある。
支配者層であれば菩提を弔うためのお堂を建てるのも可能だが、鎌倉の様に限られた土地の場合はやがてお堂だらけになってしまう。
一般庶民は谷戸に遺体を放置するので、谷戸は地獄の有様。 そこで極楽寺が建てられたりもした。
そんな状態の中で考えられたのが「やぐら」と呼ばれる一族の墓所。
鎌倉石と呼ばれる軟らかな砂岩層の崖を掘り、安置する。
地盤が軟弱なだけに崩落したりして随分減ったらしいが古刹の背後には保存されている「やぐら」がある。

報国寺の「やぐら」は開基足利家時(足利氏と姻戚の上杉重兼?)と永享の乱の折に自刃した足利義久らの墓と伝えられている。


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足利家には先祖源義家の「自分は七代の子孫に生まれ変わって天下を取る」という置文が伝わっていた。
自分の代で天下を取ることが叶わなかった七代目の足利家時は「三代後の子孫に天下を取らせよ」と祈願し、置文をのこして割腹したと伝えられている。
その三代の子孫が室町幕府を開いた足利尊氏。
野暮を承知で言うなら、七代目ではなく源義家の息子の源頼朝が平氏を滅ぼして鎌倉幕府を開いたのは無かった事になってる?
もっとも、平氏の末裔を自称している執権北条氏に乗っ取られた鎌倉幕府は源氏の末裔足利氏にしてみれば許しがたいものはあったかも知れない。

現代の感覚で言えば源義家は迷惑な御先祖様でしかないが、武家の棟梁である以上、その置文(遺言?)は絶対的な意味を持っていたのだろう。
御先祖様の呪縛はたまに現代まで伝わっていたりするので侮れないものもあるのだが、アホクサと言ってしまえばそれまで。
by rin_pr | 2017-12-12 10:25 | 神社仏閣 | Comments(0)

先祖返り


十月桜は年に2回咲く。
もっとも、春はソメイヨシノが派手なので目立たないだけ。

ネパールから熱海市に寄贈された原種の桜は秋に咲く。 (寒さに弱いので熱海なら大丈夫だろうという事で寄贈された。)
新宿御苑にも秋に咲く原種の桜(ヒマラヤサクラ)がある。

温暖なネパールには元々秋に咲く桜があり、寒冷な高地に分布を広げた時に葉を落とし春に花を咲かせるように変化したと言う。
そのような春に花を咲かせる桜が寒冷地にも適応して分布を広げた、、、らしい。
環境に適応して変化する可能性を持っている分、桜は変種が多い。

秋に咲く桜は、先祖返りしたのだろうか。


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by rin_pr | 2017-12-11 10:12 | 植物 | Comments(0)

山門


鎌倉の古刹には、足利氏関連が多い。 足利氏は清和源氏(河内源氏)の流れを汲む。
この報国寺も山門の軒瓦(のきがわら)に引両紋(足利二つ引)があるので足利氏に縁のある寺院なのは分かる。
ただ、源氏から始まる武家政治の宿命なのか、いわゆる「身内」の争いは激化しているように思う。
武家に限らず近親憎悪は、血生臭い。


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【余談】

源頼朝が武家政権を始めた平氏を倒し政権に就く。 (平安末期の平氏は武家政権の自覚があったか?)
鎌倉幕府の源氏は三代で絶える。
鎌倉幕府の執権を務めた執権北条氏(桓武平氏高望流の平直方の子孫、或いは伊勢平氏の祖平維衡の子孫、諸説)は平氏。 (本当に平氏か?)
足利尊氏(河内源氏)が北条氏を倒し足利幕府を開く。
武家政権は平氏→源氏→平氏→源氏と交代したので、足利将軍家(室町幕府)を廃絶させた織田信長は一時期平氏の子孫を名乗っていた。 (藤原氏を名乗っていた時期もある。)
また、豊臣政権は別として、次の徳川氏は源氏の子孫だと言う。
豊臣秀吉は源氏の足利氏の養子になろうとして拒否され、藤原氏の(家督相続をしない)猶子となり関白となった。
織田信長、徳川家康の平氏・源氏は詐称、、、らしい。

古代中国では漢代に歴代王朝の正潤を議論したのがきっかけで、宋代に正統な王朝についてほぼ定まった。
歴史書としての三国志でも、王朝の正統性について配慮されているし (「正統な王朝」の覇権を争った。)
そのような文献情報が伝わっている日本でも政権の正統性をどのように主張するか悩ましい物があったのだろう。
平氏にしても源氏にしても遠祖は天皇家なので(継体天皇より遠いか・・・)あとは源平交代論で理論武装できるとでも考えたのだろうか。
武家の最高位「将軍」はあくまでも天皇家と言う中国で言うところの王朝から任命される形なので、本来「王朝の正統性」とは別の話なのだが・・・

by rin_pr | 2017-12-10 11:15 | 神社仏閣 | Comments(0)

青もみじ


色付く寸前のもみじ。

「もみじ」を変換すると色付いた「紅葉」になってしまうので、どうしたものかと・・・
それほどこの木の色付きは印象的なのだろう。
同じ木でも年によって色が違ったり、グラデーションが見事だったり。

春の桜、秋のもみじ。 一喜一憂、心騒がすもの。


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by rin_pr | 2017-12-09 10:28 | 植物 | Comments(0)

竹の庭


鎌倉の古刹はほとんどが境内地の背後に崖がある。 つまり、谷戸(尾根が作る谷)に寺が建っている。
岩盤が柔らかいので、境内地を広げる為人の手で削られている。 これを鎌倉では切岸(きりぎし)と言うらしい。

報国寺の竹の庭も、思ったほど広さは無い。
それでも切岸と1000本あると言われる密集した孟宗竹のお陰で独特な世界観が保たれている。


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竹と葉蘭

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非常に残念なのは、竹の目立つ場所に彫りこんだ落書き(落彫り?)がある事。


by rin_pr | 2017-12-08 10:04 | 植物 | Comments(0)