<   2015年 12月 ( 28 )   > この月の画像一覧

嵐の後


" 正常 " が何だったのか、忘れちゃったな、、、
最近は異常気象と言わなくなったネ。

c0252695_10122314.jpg


by rin_pr | 2015-12-31 10:25 | | Comments(2)

鳩とおじさん


Porto
今回の旅行では水辺の街が多かったので、気が付けばカモメばかり。
鳩もいるにはいるけれどマイナーだった。

c0252695_10151890.jpg


by rin_pr | 2015-12-30 10:16 | ポルトガル | Comments(2)

駅裏


Porto (ポルト), Sao Bento (サン・ベント)駅裏, 夜

c0252695_13215059.jpg





そして、午後

c0252695_13232637.jpg


by rin_pr | 2015-12-29 13:26 | ポルトガル | Comments(2)


シントラ, 夏の離宮

どうやら私は「窓」が好きらしい。
窓からの風景、窓の意匠、、、
気が付けばモチーフとして一番多く撮っているかもしれない。

c0252695_10185472.jpg


by rin_pr | 2015-12-28 10:21 | ポルトガル | Comments(0)

埋め尽くす


シントラ, 夏の離宮, 紋章の間

美意識は時代や社会によって違ってくるのが当たり前で、それに対する後世の個人的な好みは別の問題。
・・・・ではあるが、ミッシリと埋め尽くされた場所は少々息が詰まる。

ここは宮殿なので家臣に対する威力を誇示する必要もあるのだろう。
家臣の紋章を掲げている。但し、陰謀が発覚した家臣の紋章は外されている。

このような埋め尽くし方にはアラブの影響を感じる。

c0252695_10414973.jpg





c0252695_10420596.jpg





イスタンブール, トプカプ宮殿, ハレム

c0252695_10424404.jpg





c0252695_10430849.jpg





c0252695_10425078.jpg





c0252695_10431466.jpg





c0252695_10431297.jpg


by rin_pr | 2015-12-24 10:50 | ポルトガル | Comments(0)

船底


シントラ, 夏の離宮

これが建築で言う処の " 船底天井 " かどうかは分からないが、どことなく船を想起させる。

c0252695_10062492.jpg





白鳥の間

c0252695_10055507.jpg





c0252695_10060111.jpg





カササギの間

c0252695_10061069.jpg





不明

c0252695_10061880.jpg





礼拝堂

c0252695_10063172.jpg





礼拝堂の壁

c0252695_10114416.jpg


by rin_pr | 2015-12-23 10:15 | ポルトガル | Comments(0)

kawaii


シントラ, 夏の離宮

魔物はカワイイけど、天使が・・・・少し残念・・・・。
リアルと想像の狭間なのかも。

c0252695_09301681.jpg


by rin_pr | 2015-12-22 09:35 | ポルトガル | Comments(0)

タイル


シントラ, 夏の離宮のタイル (アズレージョ)

c0252695_11000262.jpg





c0252695_10595725.jpg





c0252695_11000896.jpg





c0252695_11002020.jpg





c0252695_11002635.jpg



イスタンブール, トプカプ宮殿, ハレムのタイル

c0252695_11005794.jpg





c0252695_11010573.jpg





c0252695_11010175.jpg





c0252695_11011466.jpg





c0252695_11010909.jpg



たかがタイル、されどタイル。

シントラ夏の離宮は各国王が自分好みに増築したり内部装飾を加えたりしたらしい。
マヌエル1世は1497~1530年にわたる建造で、セビーリャに特注したタイルで装飾を施し
多色遣いでイスラム的モチーフを取り入れたという。

シントラの離宮の対面、山の上には8~9世紀のムーア人の砦跡があるが城塞はシントラが併合された1147年に破壊されている。
(ポルトガル王国建国は1143年。)

1031年に後ウマイヤ朝滅亡後イスラム勢力が分裂した隙に乗じてキリスト教勢力が伸張した。
1492年にグラナダが陥落する事でレコンキスタは成就したとされるが、
何百年も文化がオーバーラップしていたわけで、しかもイスラムの方が先進的だったのもあり
キリスト教文化での上書きは表層だけだったと思う。
イベリア半島を旅行すると随所にイスラムの痕跡を感じる。
これは現代でもフランス以北のヨーロッパ人が「ピレネー(山脈)の向こうはヨーロッパではない」と
言うのにも表れているのだろう。

十字軍(cruciata)にしてもフェデリーコ2世(在位1197~1250年)は
神聖ローマ帝国皇帝なのにドイツ語など分からないが、知性的な人物でアラビア語は完璧に話せたし
イスラム教国アイユーブ朝の君主アル・カーミルとは友人だった。
イスラム側からすれば何だか野蛮な連中が押し寄せてきてるがとりあえずフェデリーコにエルサレムを
統治させておけば紛争は治まる、と考えたのだろうか。
教皇グレゴリウス9世はイスラムに取り込まれた(エルサレムの王になった)フェデリーコに対して十字軍を実施して負けている。

コインブラなど古い街の丘の上にある教会堂にイスラムの匂いがするので、地元の人に訊いてみたら
オーバーラップしていた時代にネゴシエートして、丘の上はイスラム教勢力、川に近い場所はキリスト教勢力と住み分けたと言う。

宗教的情熱は扱いが難しい。負ければ、宗教そのものの否定につながってしまう。
それでも昔の人はネゴシエーションによって住み分ける知恵、共存する知恵があったと思う。

by rin_pr | 2015-12-21 11:10 | ポルトガル | Comments(0)

東へ


Palácio Nacional de Sintra(シントラにあるポルトガル王家 夏の離宮)の収蔵物。
Wikipediaなどの説明によれば、最初からここにあったのではなく国内各所の宮殿から移動させたものも多いようだ。
新大陸だけではなく東方との交易の痕跡が残っているわけで、当時の一級品がきちんと保存されているのは凄いと思う。

アラビックなタイルの前に柿右衛門。

c0252695_10515233.jpg





c0252695_10520019.jpg





c0252695_10523394.jpg





c0252695_10520820.jpg





c0252695_10592787.jpg





c0252695_10592311.jpg


by rin_pr | 2015-12-20 11:01 | ポルトガル | Comments(0)


シントラ, ムーア人(ムスリム)の砦とポルトガル王家夏の離宮前の町

c0252695_10055123.jpg





c0252695_10055589.jpg


by rin_pr | 2015-12-19 10:08 | ポルトガル | Comments(0)