カテゴリ:建築( 49 )

大聖堂内部


イムディーナ大聖堂内部

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主祭壇

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脇の祭壇

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ブラックスーツを着た人達が集まっているので何かと思ったら、、、お葬式でした

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聖堂の床にある墓所
新約聖書マタイ伝16章に書かれているように使徒ペトロにキリストが語った「教会の礎(岩)」に由来しているのだろうか
死をどのように捉えるか、そこが色々難しくて人は延々と悩み続ける

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地下の墓所

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by rin_pr | 2019-01-05 11:55 | 建築 | Comments(0)

大聖堂へ


イムディーナ大聖堂へ
現在の大聖堂は17世紀にマルタ人建築家ガッファロにより建造された


アラブの香りのする陶器の案内板(上がマルタ語)
下の大理石案内板は最近のもの
" MESQUITA " は「モスク」の事で「ひざまづく場所」(スペイン、コルドバのメスキータが有名)

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正面

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光と影が、冬を感じさせる

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by rin_pr | 2019-01-04 11:26 | 建築 | Comments(0)

水道橋


Fort St. Angelo へ続く水道橋と思われる設備

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この砦からの眺めは良いのです

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The Grand Harbour を出入りする船舶を一日中眺めていても飽きないかも知れない

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Vittoriosa Yacht Marina に面している Malta Maritime Museum の時計台
(複数の面がある時計は合っていない事が多いのだけど、合ってますね・・・)

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Yacht Marina に面している通りの古い建物

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この通りのイタリアンレストランの食事は美味しかった
マルタはリゾート、観光地にしては物価は安いです


by rin_pr | 2019-01-01 10:47 | 建築 | Comments(2)

Fort St. Angelo


Fort St. Elmo の陥落を見守るしかなかった ーーー

Valletta の対岸、Pjazzetta San Filippu のある岬の先端に Fort St. Anjelo は築かれた。
構造的に Fort St. Elmo よりは堅牢な作りになっている。
いざという時は住民も立てこもれる様に。

オスマン軍はこちらを避けて、やや脆弱な Fort St. Elmo を攻略した。
ここが持ち堪えたので最終的にオスマン軍を退けた、らしい。
(オスマン側にも諸般の事情はあったが・・・)


分厚い壁のエントランス

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見張り塔

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今日も雲は流れて行く

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居住スペース?

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現在は、砦の上層部は騎士団の管轄となっており騎士が1人住んでいるらしい。
マルタ騎士団は国家ではないがかつては領土を持っていた経緯から主権実態として認めている国々もある。

ドイツ南部の町に住んでいた頃、古着を集めるボランティア活動で
マルタ騎士団の紋章の入った袋が家のポストに配られていた。
また町の守護聖人の祭(カトリック圏)でもマルタ騎士団の屋台があった。
そう考えると案外身近な存在だと思う。

そう言えば、ベルギー人の友人(名前はデ・コーニック(王様!))はマルタ騎士団所属だったナ・・・


by rin_pr | 2018-12-31 11:21 | 建築 | Comments(2)

光と影の時代


騎士団長の宮殿

窓が無いとどれだけ暗かったのだろう

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大理石のエンブレム

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廊下の様子

光があふれているのに仄暗さへと続く
日本やヨーロッパ大陸の陰翳とも違う、地中海世界の中世を想う

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by rin_pr | 2018-12-28 10:22 | 建築 | Comments(0)

だまし絵


騎士団長の宮殿

廊下の天井を飾る、だまし絵

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ドアとその上部の彫刻は、、、本物

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聖ヨハネ騎士団(マルタ騎士団)の紋章が描かれた天井

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by rin_pr | 2018-12-27 09:22 | 建築 | Comments(0)

ゆるやかに


ゆるやかに上昇する想い


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騎士団長の宮殿内部


by rin_pr | 2018-12-26 10:26 | 建築 | Comments(0)

破壊と再生


聖エルモ砦の中へ

入口

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教会堂の内部
破壊を免れた装飾を使った修復(オスマン帝国だけでは無く第2次世界大戦でも破壊された)

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各部屋は意外と小さい

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地中海の光と影

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by rin_pr | 2018-12-23 11:33 | 建築 | Comments(0)

銃眼


バレッタのあるシベラス半島(岬?)の先端にある聖エルモ砦(外壁の銃眼)

この場所に小さな砦はあったものの聖ヨハネ騎士団により1551年にオスマン帝国を迎え撃つべく大幅に補強された、らしい。
1551年はマルタ島の北にあるゴゾ島がオスマンの海賊に襲われ、島民9000人の内6000人が奴隷として連れ去られる事件が起きた。
残った島民は病人と老人だけだった・・・
この時代、海軍なのか海賊なのかは微妙なところ。 (聖ヨハネ騎士団も海賊に分類される行為をしていたりする。)
ゴゾ島の事件は海賊だったが、聖エルモ砦を襲ったのは明らかにオスマンの軍だった。
1ヶ月にわたり持ち堪えたが陥落している。 この時の戦いは結果的に援軍が間に合ってオスマン軍を撤退させた。

この壁は再建されたものだと思うが、銃眼の形は日本の城でも同じなので南蛮経由で入ったものだろうか?
(日本では、1553年に第一次川中島の戦いがあった頃で戦国時代の後半。 室町幕府はかろうじて続いていた。)


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聖エルモ砦から望むヴィットリオーサにある聖アンジェロ砦(Fort St. Angelo)
ここは聖エルモ砦が陥落した時も持ち堪えていた


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by rin_pr | 2018-12-21 09:53 | 建築 | Comments(0)

街を護る壁


聖ヨハネ騎士団は1023年にできたエルサレムの巡礼者宿泊所に起源があるらしい。
本拠地を失ってからはキプロス島に移動して海軍(海賊)となったが、勢力を恐れたキプロス王との関係は悪化。
その後、1309年にロドス島を奪って本拠地を移しロドス島騎士団となった。
イスラム勢力と戦ったが、1522年にオスマン帝国のスレイマン大帝に物量戦で負け、シチリア島へ。
シチリア王からマルタ島を借り、マルタ島騎士団となった。(実態は以前と同様、海賊・・・)
1565年に再度オスマン帝国に襲われ、バレッタの先端にある聖エルモ砦(要塞)はほぼ全滅したが
水路をはさんで展開した聖アンジェロ(聖天使)砦(要塞)は持ち堪えた。
この時のオスマン帝国側の攻撃には大砲も使われた。(直径1m近い大砲の弾もあった)
街を再建するに当たり、大砲にも耐えられるよう街を囲む壁は大幅に補強された。
この時代は日本では平安末期、鎌倉時代(1192~1333年)、室町時代(1338~1573年)にあたる。


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by rin_pr | 2018-12-19 10:39 | 建築 | Comments(0)