願わくは


願わくは 花のもとにて 春死なむ その如月の望月の頃 / 西行


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この和歌の「花」を如月(2月)から梅とする解釈もあるが
旧暦の2月なので、新暦で言えば3月の10日~30日頃になる。
当時の桜は栽培種ではなく山桜であり、平安末期は現在より平均気温が高かったとも言われている。
詠んだ場所は標高の高い高野山や吉野ではない可能性も出てくる。

それ以上に、平安時代後期には「花」は梅ではなく桜を意味する方が多いし西行も桜の歌の方が多い。
何よりもこの歌自体が西行法師家集の「花」の詞書でまとめられている。(梅は「梅」の詞書)
(ねかはくは花の下にて春しなんその着更衣のもち月のころ)
同様に「花の詞書」では「またれつる吉野の桜さきにけり心をちらせ雪の山風」と詠んでいる歌もある。

Wikipediaによれば、西行の一生は元永元年(1118年) - 文治6年2月16日(1190年3月31日)。
これは辞世の歌とされているが、亡くなる3年前の御裳裾河歌合(伊勢の内宮に奉納した西行の自歌合)にも収録されており
辞世と言うよりは理想を歌ったものだろうか。 亡くなった日付を見る限り桜の季節ではある。
満月だったかは・・・?
by rin_pr | 2018-04-13 10:00 | 植物 | Comments(0)
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