「ほっ」と。キャンペーン

タグ:千葉県 ( 13 ) タグの人気記事

仁王門


日蓮宗大本山 正中山法華経寺 仁王門
別名、赤門
※肝心の仁王さんは半透明になってしまったプラスチックパネルで囲われており、残念ながらほとんど見えない・・・
この他に京成中山駅近くの参道入口に黒門がある。

c0252695_10045078.jpg





c0252695_10050434.jpg





c0252695_10051705.jpg





c0252695_10053121.jpg





c0252695_10054072.jpg





c0252695_10055370.jpg





c0252695_10060119.jpg





c0252695_10055679.jpg


法華経寺はこれで終了。
by rin_pr | 2017-02-20 10:11 | 神社仏閣 | Comments(0)

寶伝門、他


寶伝門(ほうでんもん)
1月なのでまだ注連縄が張られていた。

c0252695_12303038.jpg





荒行堂の金色の鴟尾(しび)

c0252695_12312264.jpg





これも鴟尾?鬼瓦?

c0252695_12323756.jpg





寺なのにひっそりとお稲荷さん

c0252695_12360736.jpg





c0252695_12361136.jpg


by rin_pr | 2017-02-19 12:41 | 神社仏閣 | Comments(0)

和の香り


寺院建築の様式は仏教の伝来と共に入って来たものだが
時代が下るにつれて細部に和的な装飾が施されるようになった。
これは神仏習合の影響で寺院と神社に共通の様式だったりする。

c0252695_09471647.jpg





木鼻の装飾(向背の梁と柱の先端にある装飾)
江戸時代以前は装飾が施されなかったようだが、江戸時代になると彫師の技を発揮する重要な部分になる。
獅子、獏(ばく)、象が多い。

c0252695_09472313.jpg





c0252695_09472952.jpg


by rin_pr | 2017-02-18 09:53 | 神社仏閣 | Comments(0)


五重塔(重要文化財) 元和8年(1622年)建築

c0252695_09315614.jpg





日蓮が法難を受けたのは他の宗派批判、批判された禅宗を信仰していた北条時頼の政権批判とも取れる「立正安国論」に原因があるわけで
革命に至らなくとも物事が大きく動く時はそんなものだろうと思う。
その後程無くして元寇があり立正安国論は一部では予言の書と信じられていたようだが、
この東の果ての国も従来の政治方針を転換せざるを得ない時期に来ていたのだろう。 元寇は鎌倉幕府の政治の失敗という側面がある。

c0252695_09331597.jpg





江戸時代の「講中(こうじゅう)」が奉納したもの

c0252695_09325693.jpg





c0252695_09330395.jpg


by rin_pr | 2017-02-17 10:03 | 神社仏閣 | Comments(0)

比翼入母屋造


法華経寺祖師堂(重要文化財)

最初は正中2年(1325年)に上棟した小規模な五間堂だったが、焼失などで数回再建され
現在のものは延宝6年(1678年)に上棟された大規模七間堂。
屋根を2つ並べたような比翼入母屋造(ひよくいりもやつくり)が特徴であり、
この構造は他に岡山県の吉備津神社本殿(国宝)だけ、らしい。

c0252695_09374668.jpg





c0252695_09383005.jpg





c0252695_09384614.jpg


by rin_pr | 2017-02-16 09:41 | 神社仏閣 | Comments(0)

風渡る


法華経寺祖師堂

c0252695_10021044.jpg





c0252695_10020116.jpg





c0252695_10020409.jpg


by rin_pr | 2017-02-15 10:07 | 神社仏閣 | Comments(0)

結縁


私は御神籤を持って帰る派で、その辺りの木や御神木などに結び付ける行為を多少批判的な目で見ていた。
木に結ばれたものは人手で一々解かなければいけないし、木が弱る元になる。
最近では御神籤を結ぶ場所も設けられているが枝先に結ぶ人はまだ多い。
同様に千社札も(信仰に関係無く千社札ブームがあったり)剝す時に下地を傷めたりするので・・・
ただ、仏と結縁(けちえん)したい気持ちは分かるので何とか上手い方法が無いものかと思う。


仁王門の天井まで5~6m? 札の頭は祖師堂方向に揃えている。

c0252695_10011955.jpg





c0252695_10013095.jpg




仁王門に掛けられた草鞋。 長野善光寺の仁王門にも掛けられていた。
そういえば、山形県米沢市の笹野観音堂にも山門に草鞋や下駄、スリッパやサンダル(!)が奉納されていた。
草鞋は地蔵菩薩と関連があるらしいがよく分からない、、、

c0252695_10012424.jpg


by rin_pr | 2017-02-14 10:17 | 信仰 | Comments(0)

鎮守の森


鎮守の森と言えば、古神道では神が鎮座する森(神奈備)の事だが
現在の神社神道では必ずしも森が無ければならない、と言うわけでもないようだ。
神社本庁の見解によれば、森よりも「地面に接している事」が必須なので
都市部など各種の都合で建物の上部に神社を設けざるを得ない場合、土管状の物に土を詰めて社(やしろ)を本来の地面とつなげていたりするらしい。
神社本庁としてそれを認めるかどうかは難しい、、、

古神道が自然崇拝から本殿などを備えるようになり教義神道となるには仏教の影響が大きい。
神仏習合の元になる本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)は仏教用語で法華経の本迹二門の説などに基づく。
徳川家康を「権現様」などと言うが、「権」は「仮・代理」の意味なので「(衆生を救うべく)仏が家康の形をとって現われた」とでも解釈するのだろうか。

菩提樹ならともかく、寺院に森(寺社林)が残されているのは神仏習合の時代を経た古神道の残り香を感じる。

c0252695_10295343.jpg





c0252695_10293642.jpg





c0252695_10301111.jpg





c0252695_10303114.jpg





c0252695_10304723.jpg





c0252695_10311039.jpg


by rin_pr | 2017-02-13 10:40 | 植物 | Comments(0)

光を求めて


c0252695_10310955.jpg





c0252695_10305821.jpg





c0252695_10310264.jpg


by rin_pr | 2017-02-12 10:32 | 植物 | Comments(0)

光の重さ


冬の陽射しは鋭く落ちてくる。
それでも日溜りはイトオシイ。
光の重さを全身で受け止める。

(1月17日)

c0252695_10214893.jpg





c0252695_10215556.jpg





c0252695_10220130.jpg


by rin_pr | 2017-02-11 10:27 | 神社仏閣 | Comments(4)