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ミツマタ


ぼたん苑のミツマタ。
高尾山あたりで見るミツマタよりムッチリと大きな蕾の塊でした。
種類が違う?

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ミツマタと旧寛永寺五重塔

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旧寛永寺五重塔(重要文化財) 枝が被り過ぎて何が何やら・・・(汗)

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by rin_pr | 2017-01-31 10:16 | 植物 | Comments(0)

ロウバイ


今年はロウバイにしても早い、と思う。
咲いたところへ最大級の寒気団とか、花が可哀そうだ。(上野東照宮ぼたん苑のロウバイ)

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by rin_pr | 2017-01-30 10:00 | 植物 | Comments(2)

妖艶


イメージの中の牡丹色。

それぞれの植物しか出せない色があるように思う。
青い色が普通に出る植物もあれば、薔薇のように頑張っても現状は紫がかった色しか出せないのもある。
畑を遠くから見ても、アレは葱だとかブロッコリーだとか分かるように同じ緑でも色が違う。
不思議なものだと感嘆するしかない。

そして、この牡丹色は妖艶だと思う。

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イメージとしては蜷川実花さんの世界観、、、かな。

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by rin_pr | 2017-01-29 10:46 | 植物 | Comments(0)

光の春


「光の春」の元はロシア語らしい。
お天気キャスター倉嶋厚さんの著書「お天気歳時記~空の見方と面白さ~」によれば
「二月の光は誰の目から見てももう確実に強まっており、風は冷たくても晴れた日にはキラキラと光る。
厳寒のシベリアでも軒の氷柱から最初の水滴の一雫(ひとしずく)が輝きながら落ちる。
ロシア語でいう「光の春」である。・・・」と紹介されている。

季節としては冬至から立春までらしい。 実感としては立春を過ぎた2月、なのだけど。
確かに、冬至から立春までの間は日に日に日脚が長くなるけれど気温はまだ冬、それでも春の予感はする。
それに風の匂いが変わる、、、

牡丹の花に降り注ぐ光を眺めていたら、光の春と言う言葉を思い出した。


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by rin_pr | 2017-01-28 10:19 | 植物 | Comments(0)

冬牡丹


旅プラスさんの日記に誘われて上野東照宮ぼたん苑の冬牡丹を見に行きました。(1月22日)


風も無く、日差しもうららかで良い散歩日和でした。

(たくさん撮ったのでしばらく続きます・・・)

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by rin_pr | 2017-01-27 09:45 | 植物 | Comments(2)

遥かなる夢


グラバー園から望む長崎港水路

坂本龍馬は亀山社中を通じてグラバー商会と取引をしていたので、この丘の上から長崎港を眺めたかも知れない。
歴史が大きく変化する時は気が付かない内に渦に巻き込まれている事がある。
龍馬は歴史の渦を作った側ではあるが、本人は何を思っていたのだろう。
享年33歳(満31歳) 明治維新にかかわった人たちは現代人より遙かに大人だった。


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by rin_pr | 2017-01-26 13:01 | | Comments(0)

洋館


古い洋館の部屋は案外小さい。
住宅なら尚更コンパクトな造り、とでも言うべきか。
暖房が暖炉だけならそうなるだろうな、とは思う。
オンドルは発達しなかったみたいね。


旧三菱第2ドックハウス

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旧ウォーカー住宅

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旧長崎地方裁判所長官舎(現在はレトロ写真館)

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肝心の旧グラバー住宅は通り過ぎただけ、、、、
by rin_pr | 2017-01-25 10:17 | 建築 | Comments(0)

長崎は寒かった


どうやら平戸で妙に寒さを感じたのは風邪の前兆だったようで(既に博多で喉が痛かった・・・)
平戸から佐世保までバス移動、その後はJRで横目でハウステンボスを眺めながらひたすら寝ていたような気がする。
長崎に着いて速攻で熱が出て、丸1日ホテルで寝ていた。
すぐ近くに長崎ちゃんぽんの四海楼とコンビニがあって良かった・・・

気を取り直して、坂を上り、グラバー園。 ←ここだけ観光

旧三菱第2ドックハウス

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by rin_pr | 2017-01-24 10:50 | 建築 | Comments(0)

平戸城夕照


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平戸城主松浦(まつら)氏は始祖を嵯峨天皇の皇子(源融)に遡る、、、らしい。(出自については諸説あり。)
嵯峨天皇は嵯峨源氏の祖であるのは間違いないので(源頼朝や足利尊氏、新田氏などは清和源氏)子孫は多かったのだろう。
一説には23人の皇子がいてその内17人、数人の皇女が臣籍降下して源氏を賜ったと言う。(賜姓源氏)

松浦氏は松浦党(松浦四十八党)でもあり、武家の合議制の集団だった。
源平合戦のとき、松浦党は平氏側にいて操船していたようだ。
平清盛が開拓した瀬戸内海航路<音戸瀬戸航路など>の果てで平氏が滅亡したのは歴史の皮肉だろうか。
(瀬戸内海は難所なので航路としての歴史は案外浅い。古事記、日本書紀や神代記の時代はほとんど使えなかったハズ。)
元寇では最前線にいた松浦党の被害が甚大で、その報復や国内事情の為、倭寇となって高麗を荒らした。
李氏朝鮮になり、倭寇懐柔策が功を奏し鎮静化に向かう。

「倭寇」とは言うものの、日本人とは限らない。
(前期倭寇について記載されている広開土王碑には、日本から遠征したのではなく
朝鮮半島或いは高句麗に近い場所に拠点があったとしか考えられない記述があるらしい。
それが倭人なのか現地人なのか、混合なのかは不明。)

松浦史料博物館の説明によれば、
16世紀半ばに日本で良質な銀がとれるようになると、明系海商らが中核となる密貿易が活発になり、倭寇行為に及ぶようになった。
1540年代に倭寇の首領、王直(王鋥)が平戸に本拠を置き、平戸は西の都と称されるほどの繁栄を迎えた。
これは1550年のポルトガル船平戸入港のきっかけとなり、その後もオランダ船、イギリス船の平戸来航へとつながった、、、。

人形浄瑠璃や歌舞伎の「国姓爺合戦」の元になった「鄭成功」は平戸で生まれている。

そんな華やかな歴史を飲み込んで、今日も静かに日が暮れる。
by rin_pr | 2017-01-23 11:21 | 建築 | Comments(0)

ザビエルの痕跡


フランシスコ・ザビエルと言えば歴史教科書には肖像画が必ず載っている有名人、程度の認識だった。
織田信長もセミナリオへ行った事があるようだし、正月に年を数える習慣を外して自身の誕生日を縁日とした「誕生寺」創建してみたり。
文化が混じるのは色々と不思議な風景だったと思う。

教会への道

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寺と教会

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平戸ザビエル記念教会

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幻日

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by rin_pr | 2017-01-21 10:49 | 信仰 | Comments(4)