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語る


諏訪大社上社本宮


背中で語るんだ、背中で!

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どやぁ!

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な~に言ってんだか・・・

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by rin_pr | 2016-08-31 09:27 | 神社仏閣 | Comments(2)

稲作


諏訪大社の紙垂(しで)は吉田流といわれるもの。
であれば、この形になったのはだいぶ時代が下って来る。(吉田神道は室町時代に成立)

紙垂については色々な解釈があるが、〆縄に下げて清浄な場所の結界を表すものであれば祭の時などよく目にするだろう。

この形については稲妻を表し五穀豊穣を祈るものとされている。
〆縄は雲、垂らしている稲藁は雨、紙垂は稲妻、らしい。

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高千穂神社の場合は紙垂の色は白ではなく緑と赤になる。
緑は水の神と天上界を表しており格式が高く、赤は火の神と大地を表しているという。 形は諏訪大社同様吉田流。(伊勢流かと思っていた・・・)

諏訪地域は縄文遺跡も多く、稲作を持ってきた人たち(弥生系?)のように稲を耕作するまで時間がかかっている。
諏訪湖の湖畔には稲作の人たちが住み、霧ヶ峰の高原に縄文遺跡があるように高地に住む人たちと混じり合うまで住み分けがあったようだ。
稲作をする縄文人もありだと思う。

諏訪湖自体、湖面の変動が大きく湖の大きさが時代によって変わっている。
そのような中で稲作に適している土地はそれほど大きくは無かっただろう。 洪水の起きる場所は使えない。
諏訪湖からの唯一の出口(天竜川起点)は岡谷市の釜口水門になるが、水門も無かった大昔には水量のコントロールはできなかった。
よって、湖畔にある時代毎の遺跡分布を検証していけば当時の諏訪湖の大きさも推測可能と思う。
by rin_pr | 2016-08-30 10:12 | 神社仏閣 | Comments(0)

お・も・て・な・し


諏訪大社上社本宮、神楽殿

日本一の大太鼓が印象的な神楽殿。 牛の一枚皮で張られているらしい。
一年に一度、元旦の朝に鳴らされると言う。

神楽殿と言うもののここでは神楽が奉納される事は無いようだ。
昔は奉納されていた?

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神社の祭は本来は神様をおもてなしする為にあった。 神饌も同様。
尤も、今では神饌を降ろしてから行う直会(なおらい)が祭の楽しみになっているかも知れない。

祭や祈りの詳細を見て行くと、拝殿の前で鈴を鳴らすのは神様に「来たよ!」と知らせる為だったり
現代の感覚では荒っぽかったりするので、神と人との距離感が随分違うものだったように思う。
by rin_pr | 2016-08-29 10:42 | 神社仏閣 | Comments(0)

温泉


諏訪大社下社春宮の境内にある手水舎

上社本宮にもあるが、温泉水が湧きだしている。 結構熱い。
説明によれば諏訪温泉の源泉らしい。

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諏訪湖で温泉と言えば上諏訪温泉郷が有名で、間欠泉もある。
この辺りは静岡糸魚川構造線(フォッサマグナ)と中央構造線が交わっており、諏訪湖は活断層の活動で土地が下がった(陥没した)場所に水が溜まった。
八ヶ岳の麓、釜無川が流れている地形は断層の痕跡であり、松本平など長野県中央部の平地も同様に断層の活動で下がったという。
大昔の火山の噴出物が断層に引き裂かれて平地の西と東に分布していたり。
飛騨山脈(北アルプス)の山々は岐阜側に比べ長野側は急峻なのも、壮大な断層活動(造山活動)の結果なのだろうか。

断層が活断層か死んだ断層かは、噴出する物が温泉か鉱泉(冷たい)かで判別できるようだ。
八ヶ岳の登山口に「赤岳鉱泉小屋」があったような。 であるなら、八ヶ岳を造った断層は今では活動を終えていると言えるのだろうか?
国道20号線の長野県から山梨県に入った辺りに「白州塩沢温泉フォッサマグナの湯」があった。 ・・・フォッサマグナですか・・・
by rin_pr | 2016-08-28 09:44 | 神社仏閣 | Comments(0)

苔むす


諏訪大社下社秋宮の森へ続く階段

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by rin_pr | 2016-08-27 10:21 | 神社仏閣 | Comments(0)

さざれ石


諏訪大社下社秋宮にあるさざれ石(石灰質角礫岩)

各地のさざれ石を最初に見た時の印象は「砂利を混ぜたコンクリート」だった。
まさに、石灰質角礫岩としか言いようが無い。 こんな塊の何が貴重なのだろう?・・・と。
人間が手を加えるのではなく自然にできた塊なのは不思議ではあるが
私自身の鉱物趣味で言うなら、どう評価してよいのか迷う。

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by rin_pr | 2016-08-26 10:02 | モノ | Comments(4)

祈る


諏訪大社本宮祈祷殿にて

工事関係者とみられる人たちが参拝していた。

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by rin_pr | 2016-08-25 10:06 | 神社仏閣 | Comments(0)

神紋


諏訪大社の神紋は梶の葉紋(根梶、根あり梶)と言われるもの。
3枚の梶の葉に、上社は根が4本で下社は5本。
諏訪大社上社の大祝(おおはふり、おおほうり)から武士化した諏訪氏もこの紋を使っている。

上社の神紋

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下社(秋宮)の神紋(拝殿の御簾越しなので見えにくい・・・;)

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梶の木(上社)

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※大社、中社、小社等の区分は延喜式に倣って明治時代に作られたもの(近代社格制度)で現在は使われないが、習慣的に大社(旧社格)の名称は使っている。
 1946年、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の神道指令により神社の国家管理が廃止されると同時に廃止された。

※「大社」を「おおやしろ」と読むなら元々「出雲のおおやしろ」の事で、格付け制度そのものを神に対して失礼として出雲大社は拒否している。
 出雲大社は神社本庁包括に属する別表神社、宗教法人出雲大社教の宗祠。

※「神宮」とは皇室の祖先神を祀った神社であり地名を付けて呼ばれる。例えば、伊勢神宮は「伊勢の(伊勢にある)」神宮となる。
by rin_pr | 2016-08-24 10:01 | 神社仏閣 | Comments(0)

御柱


御柱にまつわる伝説は色々ある。

国津神の大国主(オオクニヌシ)が天津神の瓊瓊杵(ニニギ)に国譲りをした時
唯一反対した大国主の息子、建御名方(タケミナカタ)が建御雷(タケミカヅチ)にこの地まで追われ降伏し
ここから出ない事を誓って許される。その証として結界となる4本の柱を立てた、とするもの。

記紀神話以前からこの地にある神、ミシャグチの依り代とするもの。

大祝(おおはふり、おおほうり)諏訪氏、或いは縄文時代から続く人身御供(人柱)にまつわるもの。
人柱説の根拠として、伊勢の神宮と違い切り出した御柱を力一杯引きずりまわしてボロボロにしてしまうから、と言う。
この辺りについては、物部守屋や長野県諏訪市と伊那市との境にある守屋山の伝説を含め出版されているものがあるので興味のある方は読んでみてください。

現在は、ミシャグチの依り代説が支持されているらしい。
いずれにしろ、縄文の時代から続いているとされる祈りの場所なので天津神の系譜とは異なる祀りが行われ、その意味を記紀神話的には解明困難なのだろう。

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by rin_pr | 2016-08-23 10:48 | 神社仏閣 | Comments(2)


最近、デザインマンホール蓋?が増えて、蓋の写真コレクションする人も多いらしい。
よく見たら家の近所にもひっそりとあった。 観光地だけじゃないんだ・・・

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by rin_pr | 2016-08-22 09:59 | モノ | Comments(0)