カテゴリ:海( 42 )

船らしきもの


海で港と言えば帆船的モニュメント。(○○丸があるワケでは無い。)
横浜港にもあったような。

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by rin_pr | 2017-07-14 10:25 | | Comments(0)

芦原


浦の浜港近くの芦原。
ここが元々池だったのか畑だったのかは不明。
排水されない状態が長い、のは分かった。


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港近くのスーパー

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漁船、など

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気仙沼港付近はまだ整備中

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by rin_pr | 2017-06-06 09:58 | | Comments(0)

小田の浜逍遥


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土台だけが残った家の跡

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あの日、島の鞍部を太平洋側の小田の浜から浦の浜港へ津波が駆け抜け、引き波が再度、この場所を通り抜けた。
島の最高地点、御衣黄桜が自生する亀山(標高235m)展望台へ登るリフト乗り場を破壊し、それは今も失われたまま。
港のあたりにあった土産物屋や食堂もすっかり持って行かれた。(住人の方の話)

現在は、住宅の再建が進んでいる。 新しい住宅と残った住宅。 波の通り抜けた場所がはっきり分かる。

by rin_pr | 2017-06-04 10:00 | | Comments(0)

静かな昼下がり


気仙沼観光桟橋からフェリーに乗り、浦の浜港へ着く。
港から島の鞍部の道路をゆるやかに登り、太平洋側の小田の浜海水浴場へ下る。


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これが「全て」ではなく、ほんの一部分にすぎないのをご了解ください。

続きます。

by rin_pr | 2017-06-03 11:01 | | Comments(0)

気仙沼漁港


気仙沼大島フェリーに乗る。


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気仙沼大島へつながる橋と道路の整備(2018年開通予定) アプローチ道路は津波の来ない高さに整備し直した。

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津波で船舶が全て失われ、米軍の " トモダチ作戦 " により大島の人たちは食糧を支援された。
230mの海峡は遠かった。

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by rin_pr | 2017-06-02 10:04 | | Comments(0)


こう見えても結構風が強いのです。
浜を歩きまわったところで餌にありつけるわけでもなし。
カモメもこんな日は佇んでいるだけ。


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津軽海峡

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by rin_pr | 2017-03-17 09:35 | | Comments(0)

遥かなる夢


グラバー園から望む長崎港水路

坂本龍馬は亀山社中を通じてグラバー商会と取引をしていたので、この丘の上から長崎港を眺めたかも知れない。
歴史が大きく変化する時は気が付かない内に渦に巻き込まれている事がある。
龍馬は歴史の渦を作った側ではあるが、本人は何を思っていたのだろう。
享年33歳(満31歳) 明治維新にかかわった人たちは現代人より遙かに大人だった。


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by rin_pr | 2017-01-26 13:01 | | Comments(0)

(´・ω・`)・・・イカ・・・


さすがにこれじゃ船が出ない・・・
呼子の烏賊はヒラメになりました。

一晩中、窓の隙間から虎落笛(もがりぶえ)が聞こえるなんて余り無いですね。
(唐津市玉浜町浜崎にて)

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by rin_pr | 2017-01-16 10:49 | | Comments(2)

七重浜


函館・七重浜

1954年9月26日、台風15号により青函連絡船の洞爺丸が沈没した。
事故原因は色々あるが、直接の原因は鉄道車両を入れる為の車両甲板の密閉性(水密)が不完全で
流入した海水によりボイラー室、機関室が機能不全に陥った事による。
最悪の事態を避ける為に遠浅の七重浜への座礁を決めたが、右傾斜が止まらず転覆、沈没してしまった。復元力が失われていた。
乗員乗客合わせて1155人が死亡または行方不明・・・

当時、青函鉄道管理局(技術職・機関設計)に勤務していた人に話を伺ったが
七重浜にたくさんの遺体が流れ着き、その収容に管理局からも手の空いた者全員が駆り出されたという。

それ以後、青函連絡船は設計変更を行い水密性を向上させた。
安全を確立するまでの、あまりにも大きな代償。


茂辺地~渡島当別越しに津軽半島

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函館山

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by rin_pr | 2016-10-12 10:26 | | Comments(0)

博多湾


福岡市営渡船, 志賀島航路, 西戸崎(さいとざき)

特に何があるわけでもないが、船に乗ってみた。

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西戸崎駅前駐輪場?

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by rin_pr | 2016-04-09 09:37 | | Comments(0)